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この人のすてきなこと
ジョルジオ・トゥマを訪ねて南イタリアへ。
2016年の3月16 日に新しいアルバム『This Life Denied Me Your Love』をリリースしたイタリアのシンガーソングライターのジョルジオ・トゥマ。彼の音楽はとても繊細で壮大で美しい。彼の音楽に初めて出会った2008年からずっと彼の音楽を聴き続け、日本盤のリリースを実現し、4作品のライナーノーツを書いてきた。その彼に会うために昨年の夏の終わりにイタリアへ飛んだ。彼とはこれまでメールでのやりとりだけだったのだが、最初の頃の印象からなぜか昔から知っている古い友だちのような親近感を抱いていた。はたして、初めて会うジョルジオ・トゥマとは?
【お知らせ】ジョルジオ・トゥマがジュゼッペ・マンタとともに来日し、アコースティック・デュオのコンサートを行います。大阪公演をresonance musicが主催します。→2017年2月25日(土) 大阪公演
SUDESTUDIOでジョルジオに会う
真っ青な青空の下にどこまでも続く平らでまっすぐな道は、イタリアというよりもアメリカの広大な平原を感じさせる。南イタリアのプーリアのブリンディシ空港でピックアップしたアルファロメオでジョルジオ・トゥマに会うためにSUDESTUDIOに向かう。延々と続くぶどう畑の道の途中に鉄門があり、奥に進むと赤茶色の小さなスタジオが見えてきた。クルマを降りるとジョルジオはスタジオのオーナーであるステファノ・マンカと“ガール・ウィズ・ア・ガン”のマティルデ・ダヴォリと一緒に笑顔で迎えてくれた。
南イタリアのレッチェの郊外にあるSUDESTUDIO
SUDESTUDIOのキッチンでくつろぐジョルジオとマティルデ
南イタリアの良質なポップ・ミュージックを生むSUDESTUDIOにはベッド・ルームやキッチンが併設され、そこは、地元のデザイナーやアーティスト、フォトグラファーなどが集まるコミュニティーの役割を果たしている。スタジオには、ステファノが集めたイタリアの古いオルガン、ファルフィッサやウーリッツァー、名器ロジャースのドラムス、アナログ・テープ・レコーダー、テープ・エコー、マイクロフォンなど、ヴィンテージ楽器が数多く揃っている。この場所で、キング・オブ・コンヴィニエンスのアーランド・オイエの『Legao』や元ステレオラブのレティシア・サディエールの『Something Shines』などが録音された。スタジオでは、ちょうど他のミュージシャンのレコーディングの合間に仲間たちが集まり、ジョルジオの母親がつくったプーリア風のフォカッチャをみんなで分けコーヒー・ブレイクが始まるところだった。
SUDESTUDIOのミキシング・ルームの特等席のステファノ・マンカ
ステレオラブも愛用したイタリアのヴィテージ・オルガン、ファルフィッサ
ジョルジオの盟友マティルデ・ダヴォリ
コーヒーを飲みながら、始めにマティルデに話を聞いた。あの歌声と同じハスキー・ヴォイスだ。「ジョルジオと初めて会ったときは19歳だったわ。彼は私の声を気に入って声をかけてきたの」。ファースト・アルバムからジョルジオのアルバムに参加してきたマティルデのとジョルジオの歌声はともに中性的で美しい調和をみせ、そのコーラスワークは彼の音楽のひとつの象徴になっている。「いまはSUDESTUDIOでエンジニアとしても働いていて、ロンドンでもフリーのエンジニアとして仕事をしているわ。そして、2015年にセルフ・プロデュースのソロ・アルバム『I’m Calling You From My Dreams』をリリースしたの」。彼女はジョルジオの最新作で6曲のミックスに携わっており、ジョルジオはこれまでにないサウンドができあがったという。最新アルバムに収められた「Release From The Center Of Your Heart」は、ステファノやマティルデが志向するサウンドとジョルジオの目指すアレンジが見事に一致し、素晴らしくグルーヴィなトラックを生み出している。マティルデのハスキーな歌声が、一昨年にリリースされたレティシア・サディエールのヴァージョンとはまた異なり、懐かしい我が家に帰ってきたようにジョルジオのサウンドにしっくりとなじんでいく。前作ではマティルデのクレジットはなかったのだが、今回またマティルデが全面的に参加することで、ジョルジオならではのサウンドが際立って聴こえてくる。
ハスキー・ヴォイスが魅力的なマティルデ・ダヴォリ
ジョルジオの自宅で新作を聴く
スタジオから半時間ほどの地中海に面した街ナルドにあるジョルジオの自宅に招かれ、彼の手料理を食べながら話を聞いた。ジョルジオは、ペペローニとピスタチオをつかったストロッツァプレーティのパスタをふるまってくれた。南イタリア料理にしては、とても優しく繊細な味付けだ。彼はニンニクを使わず塩も少なめにしているという。音楽も味覚も繊細さの中に素材の味を見つけたいというジョルジオの感覚にどことなくシンパシーを感じた。
ジョルジオのつくったストロッツァプレーティ
母親のつくったパンツェロッティ
ジョルジオは新作の『This Life Denied Me Your Love』をつくるにあたって、レコーディング開始から3年の歳月をかけたという。「今回のアルバムは、これまでの自分の作品の要素がすべて集約されているんだ」。新作では、これまでのジョルジオのサウンドにさらにシンセサイザーなどの音がちりばめられより重層的なサウンドに仕上がっている。彼は、最初に自信に満ちた表情で「My Last Tears Will Be A Blue Melody」を聴かせてくれた。「モーリス・ラヴェルやピエロ・ピッチオーニ、ビーチ・ボーイズからインスパイアーされたんだ」。壮大なオーケストラの音に合わせて彼は指揮者のように腕を振った。音の滴が全身に降り注ぎ、ぼくたちはやわらかな高揚感に包まれた。そして、彼が音楽的なシンパシーを感じているマイケル・アンドリュースとのコラボレーションや、SUDESTUDIOでのイヴェントで知り合った若いアーティストのマティアス・テレスにも新たなミックスをお願いしたことなどを話してくれた。※その他のアルバムについての話は、新作のライナーノーツで。
彼は「こんな風に作曲するんだ」と、ギターのコードを演奏しながら歌を歌い、ハミングでストリングスやホーン・セクションのアレンジを被せていった。彼の頭の中には音楽が自由にとびかっている。そこから生まれるメロディはまぎれもないジョルジオの音楽だった。夜遅くまで、リヴィング・ルームでいろいろな音楽を聴いているうちに、僕たちはうとうとと居眠りをしてしまった。目を覚ました僕にジョルジオは「ヒロ、こうして一緒にぼくの音楽を聴きながら眠ってしまうなんて最高の体験だと思わないかい?」と笑った。
ギターのコードを弾きながらメロディーを口ずさむ。
翌朝は、ナルドのジョルジオのお気に入りのカフェ・パリージに行き、コルネットと香りのよいカプチーノを味わった。ナルドの街は、強い太陽に照らされた白い石造りの建築物が多く、どの通りや建物にも歴史が静かに息づいている。最近のジョルジオは、夜に街に遊びに出かけることも少なく、とても静かに暮らしているという。
作詞を手がけるアリーチェ・ロッシに会う
彼が一番好きだというピッツェリアに一緒に行き、彼の友人を数多く紹介してもらった。友人たちはみな一様にジョルジオの優れた才能を褒めたたえる。そこで、ジョルジオの曲にずっと詞をつけてきたアリーチェ・ロッシに会った。彼女はいま大学院博士課程で主に16世紀後期のルネッサンスの美術史を学んでいるといい、フェデリコ・フェリーニやイングマール・ベルイマン監督の映画を愛し、スフィアン・スティーヴンスの音楽とハルキ・ムラカミの『ノルウェイの森』を好きなものとして教えてくれた。「ジョルジオは情熱と繊細さをもっているわ。彼からはたくさんのことを教えてもらったし、とても影響を受けているの」。彼女にいつもどのように作詞をするのかを訊ねると、「ジョルジオは、いつもわたしにいくつかの言葉とメロディを渡してくれるの。それを私がイメージを膨らませて詩にしていくの」と答えてくれた。アリーチェは、自分の詞でもっとも気に入っているのは、前作に収められた「Old Old Kiss」だという。“たくさんの生けるものたちが、まるで冷たく輝く蝋でできているように見える”。とても詩的な美しい言葉だ。
アリーチェ・ロッシとジョルジオ・トゥマ
進化するジョルジオの音楽
マティルデとジョルジオの美しいコーラスのハーモニーとアリーチェの詞、そしてステファノのサポート。時間の制約などを考えず自分の心に触れることだけを大切にしてこそ生まれるのがジョルジオの音楽だと思う。だからこそ、ぼくは彼の夢想の音楽をずっと愛しているし、たとえ彼が異なるタイプのサウンドを奏でたとしても、きっと彼の音楽を深く愛することだろう。
ジョルジオは語る。「ぼくにとって音楽は人生そのものだ。音楽なしに生きていくことはできないよ」。しかし、彼のつくり出す音楽は、彼のイマジネイションを形にするために、とてつもない時間とコストがかかり、今後も簡単にはつくれないだろうという。けれど、数多くの音楽が溢れるいまの時代の中で、それほどの熱があるからこそ、ぼくの心は動かされるのだということをジョルジオに伝えると、彼は静かにうなずいた。
ジョルジオの親友で、レコーディングにもギターで参加したジュゼッペを誘い一緒にポルト・チェザーレオのビーチにも行った。ビーチからの帰り道。ジョルジオは、窓を全開にして彼のお気に入りのグループ、ビーチ・ハウスを聴きながらフィアットを走らせた。彼はこうして、様々な好きな音楽に浸りながら自分を、音楽を進化させている。心地よい夏の終わりの風が車内に吹き込んでくる。この感覚をどこかで味わった気がした。それは80年代の終わりにロリポップ・ソニックの仲間たちを乗せて音楽を聴きながらクルマを走らせたときに感じた、あの甘酸っぱくもほろ苦い香りだった。
hiroshi yoshimoto
ジョルジオ・トゥマの初来日に合わせて彼の音楽を紹介するためにアコースティック・ミックスを作成しました。
NEW ALBUM:This Life Denied Me Your Love / Giorgio Tuma
試聴はこちら elefant records
ジョルジオ・トゥマの4枚のアルバム
解放感のあるSUDESTUDIOのダイニング・ルーム
SUDESTUDIOのテラスに集うミュージシャンたち
ジョルジオの母親の手づくりのフォカッチャ
SUDESTUDIOでレコーディングされた作品が飾られている
SUDESUTDIOの美しいライヴ・ルーム
ビートルズも愛用したロジャースのドラムス
SUDESTUDIOのガーデンで開かれたソンドレ・ラルケを招いたイヴェントのポスター。
SUDESTUDIOのガーデンのミニステージでライヴが行われる。
ジョルジオが住むナルドの街
ナルドの街とジョルジオのお気に入りのカフェ・パリージでカプチーノとコルネット